まわりきれないベルリン ベルリン観光(3/3)

|

ベルリン大聖堂から、ウンターデンリンデンの並木道を通り、ブランデンブルグ門へと向かう。ウンターデンリンデンは、真ん中が中州のようになっており、そこが遊歩道になっている。そこにはフードスタンドがでていたりして、カレービルスト(ビルスト=ソーセージ)があまりにもそそるのでおやつとする。以前ドイツ居酒屋で、英語が全く通じなくて苦労したことを、ふいに思い出す。なんせ、ドイツに来てソーセージがたのめなかったのだから!皆様、ソーセージ=ビルストです。ちなみにフランス語ではセシソンです。

休憩の後は、ブランデンブルグ門をくぐる。ブランデンブルグ門は、プロイセン王国時代に建てられた凱旋門である。オーストリア継承戦争(1740-48)七年戦争(1756-63)に勝利したフリードリヒ2世の指示による。現在は世界遺産。このドイツ統一の象徴も、しばらく前までは、あの有名なベルリンの壁(1961-89)によって東側にあった。門の丁度前が壁であった。今は、簡単にくぐって旧東から旧西へと抜けることができる。

次はポツダム広場(Potsdamer Platz)に向かう。ポツダムといえば、日本人が思い浮かべるのが「ポツダム宣言」そう、さだまさしのヒット曲である。(それは「関白宣言」)。ポツダム宣言が行われたのは、ベルリン郊外の町ポツダムなので、混同しないように。ベルリンからは電車で行ける。

ポツダム広場近辺は、再開発が進んでおりいまでも工事中の建物がいっぱい。元々ポツダム広場は、第二次世界大戦後ベルリンが連合国に分割占領された時(1945)、ミッテ地区(ソ連領)、ティアガルテン地区(イギリス領)とクロイツベルグ地区(アメリカ領)の接点となった。その後、1948年同広場の境界線がペンキで定められ、次いで有刺鉄線が引かれ、最後にドイツの東西分割が決定後、1961年8月13日、ベルリンの壁がポツダム広場を横断するのである。

解き放たれ、だだっ広い空間となったポツダム広場から、ソニーセンターへと向かう。こんな超一等地に日本企業の施設があるなんてちょっと誇らしい。お次は、ソニーセンターを抜けて新ナショナルギャラリーを目指して彷徨する。

新ナショナルギャラリーには、ピカソとマチスが常設展示されていて、なかなかのボリューム。わたしは以前、「ゲルニカ」を見てがっかりした過去があるが、今ではピカソは好きな作家の一人である。ピカソは枚数が凄いのでたくさん見ると見ないでは評価が変わってくるのではないかと思う。絵葉書を買って退散。

本当はここでは、、フェルメール「真珠の首飾り」を見るつもりだったのだが、収蔵美術館を勘違いしていたのだよ!正しくは、絵画ギャラリー(Gemaeldegalerie am Kulturforum)に行くべきだった。でも今回は時間切れである。もう飛行場に向かう時間だ。ベルリンは観光資源が実に豊富で、後一日あれば、エジプト博物館(「ネフェルティティの胸像」がある)、森鴎外記念館、ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラの演奏会などが楽しめたのだが...。

ポツダムから、ベルリン動物園駅に移動し、バスでベルリン、テーゲル空港へ(30分くらいの工程:乗り放題チケット通用範囲)。そしてドイツを離れた。(終)

カテゴリ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1

このブログ記事について

このページは、kowasが2008年3月16日 12:40に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「盗掘万歳? - すごいぞペルガモン - ベルリン観光(2/3)」です。

次のブログ記事は「フェリーに乗る ベルギーオランダ旅行(1/4)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。