スペイン: 2008年3月アーカイブ

グェル公園に向かう

朝はゆっくり起きた。 グラシア大通り沿いのカフェでお茶しつつ、ひとり作戦会議。 12,3歳くらいの少女が寄ってきて自分の左掌を右手人差し指で指しながらスペイン語でなにやら言ってくる。 ジプシーの物乞いである。 追い払ったが、朝から悲しい気分になる。

今日の目的は、グェル公園にいくこと。グェル公園は、ガウディが設計した公園で曲面を多用したデザインと、その外観に張られた色とりどりのタイルがどこにもない世界を垣間見させてくれる。そしてそこには、画家が自らの作品を販売する一角がある。それらは値段も手ごろで良い作品も多い。以前来たときも、一枚買って帰ったのだが、またもや買い付けにやってきたのである。

画家の即売所

グラシア通りでタクシーを捕まえ、ビセーンス邸経由グェル公園行きを頼む。公園に到着すると、画家の即売所へと上り坂をあがっていく。すると、まだありましたよ、やってました。 10人くらいの画家がずらりとならんでいる。かれらの傍らには多くの絵が飾ってあったり、スタンドに立ててあったりしている。彼らは、当局(市なのか公園なのか不明)から絵の販売許可書を支給されている。販売許可の審査が厳しいのか、"なんちゃって画家"は見受けられない。バルセロナの芸術振興の一環なのであろう。

見学をスタートする。個人旅行なので時間無制限で絵を選べるのはうれしい。ポスターも悪くはないが、原画の迫力は格別である。こっちが真剣なので、画家のほうも一生懸命売り込んでくる。

適当に話を聞き流しながら絵を選んでいると どこか変な感じがする。 言ってくる言葉がよく理解できないのだ。 しっかりと聞いてみると、文法は英語のようだが、単語のほとんどがスペイン語のようだった。 いちいち単語を確認しつつ話をしてみると、 この黒人のおじさんはチリからやってきたらしい。 チリはたしかスペイン語圏だった。 南米とスペインは結びつきがつよいと聞いていたが、 実際の事例を目の当たりにしてその理由が腑に落ちた瞬間だった。

マラガへ戻る

今日は、バルセロナへ移動する日。 コスタ・デル・ソルからバルセロナへの移動は、飛行機がもっとも合理的なようだ。 ということで、空港があるマラガへと戻る。 アルへシラスを朝出発し、フライトまでの余裕があれば、ミハスへ寄り道することに決めた。 ミハスは、白い家で知られる有名な観光地である。

車で高速道路を走り、途中のパーキングエリアで朝食タイム。 サンドイッチを買う。 具はチキンをマヨネーズで合えたもので、 マヨネーズがかかりすぎで少し気持ち悪い出来。 日本のマヨネーズは、少し酸っぱい味付けだが、 欧州のそれは、もっとクリームっぽい味がする。 そのためこの気持ち悪さを味付けの違いと思って食べたが、 これが後々よくなかったかも知れない。

ミハス(Mijas)に寄り道

道程は問題なく、ミハスに寄る時間の余裕が出来た。 ミハスは新婚旅行の時と合わせて2回目である。 ミハスの雰囲気を楽しみ、カフェでコーラを飲む。気候のせいかコーラが異様に美味い。 呆けていると、近くのテーブルに座っていたおばさんが話しかけてくる。 スペインはどう?好きですよ。と世間話。 おばさんはアメリカ人でビジネスを引退し、 旅行しながら暮らしているそうだ、 その内ミハスを気に入り半年ほど滞在しているらしい。 アメリカ人の引退後の生活というのは優雅なものだ。

その後、日本語の看板があるみやげ物屋にひやかしで入る。 そこでは、マラガに住んでいるという日本人女性が店番をしている。 マラガの治安を聞いてみるとかなりよいとの返事。 でも日本人は治安の悪いところに好んで住んでいるのよね、とのご意見。 マドリッド、バルセロナ。確かにそうかも。

このみやげ物屋では、スペインの数少ない特産品であるエキストラバージンオリーブオイルを購入。 その後は、途中で発見したショッピングセンターで昼食をとり、マラガ空港へ。マラガ空港でレンタカーを返却。 手順は日本と同じでなんの問題もなかった。 そしてバルセロナへ飛んだのである。

アルヘシラスのフェリーのりばで

朝7時に起床し、8時過ぎにタクシーで出発した。 今日はモロッコ行き一日ツアーの日。 8時45分にフェリーのりばのインフォメーション前で集合とのこと。 本当に自分の理解で大丈夫かどうか不安になりながら、あたりをうろうろしたり、 カフェ・コン・レチェ(スペイン版カフェオレのこと)を飲んだりして時間待ち。

ふと気づくとインフォメーションの辺りで50人くらいの人だかりが出来ている。 係の兄ちゃんに旅行引換券を渡すと、 ブルーのシールを胸に付けるようにと言われ、Tシャツにはる。 グループ内に日本人、というより東洋人は自分一人だけだった。

アフリカに上陸

9時30分発のフェリーで出発。 乗ったのは、日本でも見慣れた感じの真新しい双胴型フェリーで、十数台の自動車が運搬できる立派なもの。 どんな怪しい船に乗るのだろうかと想像していた自分にはチと拍子抜けであった。 船は一時間くらいでジブラルタル海峡を渡りセウタに到着した。

アフリカ大陸に上陸するのは初めてだった。 天気は晴れ。気候は暑いながらもスペインと変わらない。 アフリカといえばサバンナととんでもない気候を想像するが、 アフリカは広大でサバンナばかりがアフリカではないし、酷暑の地ばかりではない。 そんな当たり前のことを当たり前に理解できてうれしい。

迷子から脱出

道の脇に車を停めて一人作戦会議をする。 そして、あるアイデアがひらめいた。 今はひたすらアルヘシラスの方向のみを捜している。 これをバルセロナのような真逆方向も探せば、ルート発見の可能性も二倍になるのでないか。 こう考えるのも束の間、バルセロナへと向かうルートを発見。 反対車線にUターンすると、そこにはアルヘシラス140キロの看板が! ラッキーとばかりに爆走スタート。

しばらくご機嫌でドライブを続けていると、お腹が空いてきた。 やがてドライブインの標識が見えた。 ドライブインには広大な駐車場がついていて、停まっている車もまばらだ。 ドライブインに到着するとバック方法の解析スタート。 この車は一速の左隣がバックギアミッションになっており、 いままではどうしてもそのミッションにギアをいれられなかったが、 シフトノブにリング状のストッパがついていることを発見。 リングをひくことでバックギアにシフトチェンジできることがわかった。

ドライブインで

当面の懸案をようやく全て解決し、意気揚揚とドライブインの食堂へ行く。 ドライブインの中はカウンター形式になっており、西部劇風のバーみたいな感じ。 わたしは、フランスパンにスペイン名物の生ハムをはさんだものを注文した。 うまーい。 パンはもちろんうまいが生ハムのうまさが尋常ではない。 やはりスペイン料理(?)は最高だ。

問題も解決し、お腹も膨れ、わたしはハッピーな気持ちであらためてアルヘシラスへ出発した。 新しい目標は、5時までに旅行社のカウンターに滑り込むことである。 その後はスペインの高速道路が有料であることに驚いたり、 アルカンタラで渋滞に巻き込まれたりしながら、 一路アルヘシラスへと向い、4時半ごろに到着。


ロンドン > マドリッド > マラガ

2002年のお盆休み。 8月14日から18日までの5日間を利用してスペイン・モロッコ旅行に行った。 妻は日本に帰っていたので一人旅である。 14日の早朝、ロンドン・ヒースロー空港からスペイン・マドリッドに飛び、国内線に乗換えてマラガについた。 マラガは地中海側に面した、コスタ・デル・ソルの玄関口といわれる都市である。 コスタ・デル・ソルとは太陽の海岸という意味で、 晴れの日が多くて美しい地中海に面したこの地域を呼ぶにもはぴったりの名前だ。

飛行機がマラガ空港に到着した。 イギリスの肌寒さがウソであったかのような暑さと、抜けるような真っ青な空が私を迎えてくれた。 今日の目的地はアルヘシラス。 なんとかその日中に到着し、翌日のモロッコ行きツアーを申し込みたいところだ。 マラガからアルヘシラスまでは140キロほどある。さて、どうやって移動するか。 出たとこ勝負が信条なので事前準備はしていない。


大きな地図で見る

このアーカイブについて

このページには、2008年3月以降に書かれたブログ記事のうちスペインカテゴリに属しているものが含まれています。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。